新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し始めてから約半年が経過した。当初は事態の収束に楽観的な見方もあったが、結局のところ抑え込みに成功したのは中国などごく一部の国だけで、欧米諸国の多くでは今も感染者数は増え続けており、日本も同様だ。
日本では緊急事態宣言の解除後に再び感染者数が増加。宣言解除とともに経済活動で人の動きが活発になったのが、やはりその一因に挙げられるだろう。
こうした状況を見れば、人類と新型コロナの戦いは少なくとも短期戦にはならず、新型コロナ流行前の日常にすぐ戻れるとは考えない方が正しいといえる。
このいわゆる「Withコロナ」「Afterコロナ」と呼ばれる状況では、企業は従業員の安全を確保しながらビジネスを継続し、成長させなければならない。その手段として当然最初に挙げられるのは「テレワーク」だが、ここでもう一つ注目したいものがある。「RPA」(ロボティック・プロセス・オートメーション)に代表される、業務の自動化・省人化だ。
コロナ禍でRPAに脚光
RPAはPCでの定型的な業務を、人の代わりにプログラムが行えるようにするもの。プログラマーやエンジニアでなくてもプログラムを作成できるのが特徴だ。PCでの作業を代替することからIT・ネット企業での活用が主と思われがちだが、このコロナ禍ではそれ以外の業種での活用が目立つ。
例えば日清食品は、これまで手作業で行っていた「出荷案内リスト」の送信業務をRPAで自動化した。従来は店頭の在庫や欠品状況のリストを見て営業が把握し、どの店舗にいくつ商品を補充するかをFAXで各得意先の担当部署に連絡するなど、紙ベースで業務を行っていた。しかし同社はテレワークへの業務移行を進めるべく、これをデジタル化。RPAの大手UiPathのツールを使い、リストのPDFを自動で仕分け、各店舗向けのFAXもPCから自動で送れるようにした。
公的機関では茨城県庁がRPAを活用。新型コロナの感染症拡大防止協力金の申請処理をUiPathのAI-OCRで読み取り、システムに自動的に渡すことで、人力に比べて1処理当たり80%の労力削減効果を得たとしている。
政府も新型コロナ対策にRPAやAIの活用を推進するとして、UiPathと協定を結んだ。コロナ禍での企業のデジタルシフトを共同で支援する考えだ。
つまり、この感染症流行下では幅広い業種で働き方の変革を余儀なくされ、その方向はテレワークシステムや、RPAなど自動化ソリューションを用いたデジタルシフトへ向いている。
しかし、突然やってきたデジタルシフトの波にどう乗ればいいのか判断しかねている企業もあるだろう。コロナ禍での各企業のRPA活用状況や今後の見通しについて、UiPathの長谷川康一代表取締役CEOに聞いた。
システム構築に3年かけて、7年使う時代は終わった
「今が分岐点なのだと思う」──長谷川CEOはこう話す。
「行動が制限される中、事業継続はもちろん、新しいビジネスも生み出して企業は成長していく必要がある。こうした新しい業務を考えるときに、(例えば10年間の計画で)従来のように3年かけてシステムを構築し、7年など長期にわたって同じシステムを利用するのではなく、既存のシステムをRPAでつなげて短期間に構築し、必要に応じて素早く組み直すというサイクルを回せるようにすることが重要だと考えている」(同)
RPAが向いている作業は「単純」「大量」「簡単な繰り返し」だといわれる。しかし新たな業務ともなれば、RPAでつなぐにも限界がありそうに思える。他にも、現場レベルでの改善には役立ちやすい反面、プログラムが適切に管理されず“野良化”しやすいともいわれる。セキュリティやガバナンスを重んじる日本の企業で、RPAはどこまで適用できるのか。
長谷川CEOは「RPAの性質は教科書的には確かにそうだ。しかし日本では『少量』『複雑』『分岐のある繰り返し』の作業にニーズがあり、ここに適用できたとして喜ぶクライアントが多い」と話す。
RPAは金融機関の単純な処理を大量に行うという用途から生まれたという。ただこうしたセキュリティの要求レベルが高い機関で使うには、表計算ソフトに毛が生えたようなRPAツールではセキュリティのニーズに応えられない。どこでどんなプログラムが動いているのか、可視化できるRPAツールの導入が必要とした。
デジタル体験の“最初の一歩”は「ウォシュレット」と同じ?
長谷川CEOは「コロナ禍で80歳の高齢者でもZoomを使うようになった。生涯デジタルに触ることがなかっただろう人でさえも、今回のことをきっかけにデジタルを体験した」として、企業ごとではなく日本全体でデジタルに移行する流れができたことが重要と指摘する。
「デジタルの体験は最初の一歩を踏み出すのが一番大変。似たものにTOTOの『ウォシュレット』があるが、あれも使ってみるまではお尻に水を当てるのが怖いと思ったが、いざ使ってみるととても快適」として、デジタルもまず触ってみるというところにハードルがあったが、今回のコロナ禍で日本全体がその重要性を理解したと考えを述べた。
経営層が見た、コロナ禍でのRPAの可能性と課題
UiPathでは6月から7月にかけて、同社のRPAツールを利用している企業に対しコロナ禍でのRPAの利用状況などについて調査を実施。102社の経営層から回答を得た。
例えば、危機対応の面では「今まではコスト削減の観点でRPAを導入していたが、今後は従業員の安全確保の観点でも検討・導入を進めたい」とする意見や、「急激な変化に迅速かつ柔軟に対応できるのがメリット」などと、RPAを評価する声があった。
働き方改革の面では「テレワークで生産性が上がったとは思っていない」「テレワークはオフィスの最適化であって、働き方の最適化ではない」など、生産性の向上が課題として挙げられ、その解決にRPAの活用を検討したいという声が寄せられていた。
一方、RPA自体の活用に課題があるとする声もあった。ある地方自治体は「今回のコロナ禍ではRPAの活用ができず人手に頼らざるを得なかった」という。長谷川CEOは「社内にRPAの使いどころが分かるデジタル人材がいると、日清食品や茨城県庁の事例のように迅速にRPAを適用できる。加えて、個別の業務を最適化するだけでなく、会社のシステム全体を俯瞰して全体最適できる人材が求められる」として、社内にデジタル人材がいるかどうかがRPAの迅速な導入のカギになると指摘した。
デジタルシフトできなければ今後の新卒採用も危うい
政府が2019年に「AI戦略 2019」を策定し、初等教育から社会人教育まで全ての分野にAIやデータサイエンスを教育テーマとして取り入れる方針を示したように、今後は年間で数十万人規模のAI・デジタル人材が社会に輩出されることが予想される。
企業がRPAの活用を進めるために、こうした若い人材が来るのを待っていればいいかというと、長谷川CEOは「そうではない」という。
「昔は表計算ソフトを使える人はスターだったが、今は使えて当たり前。それと同じように、今10代の子たちが社会に出てくる頃には『AIやロボットが難しい』とは思わなくなっているかもしれない。そんな時代に、人間がやる必要がない作業をわざわざ手作業で行っている会社にやってくるだろうか」と、デジタル化に及び腰の企業に対し警鐘を鳴らす。
ではどのように、デジタル化、特にRPAによる自動化を企業は取り入れていけばいいのだろうか。長谷川CEOは英作文ならぬ「英借文」に例える。
「英語のネイティブではない人は、自ら英作文してもネイティブほど自然な文にはならない。だから、ネイティブが書いた文章の一部を変更して伝えたいことを表す『英借文』をした方がいいと、私は高校の先生に習った。それと同じで、RPAを使う現場の人たちは何もエンジニアほど複雑なことができる必要はない。すでにあるRPAロボットの一部をコピーして自分の業務に当てはめる。こうして自動化を進めていくのが今は重要だ」
社内から変わっていかなければ、これからの人材の獲得も見込めない。逆にいえば、デジタルシフトせずに新型コロナを乗り切れたとしても、その後の人材獲得競争で、すでにデジタルシフトを果たした企業に競り負ける可能性が高いということでもある。今デジタルシフトに舵を切ることは、新型コロナへの対応以上に重要な意味を持ちそうだ。
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