米国の非営利独立研究機関であるSRIインターナショナルは2020年8月31日、ウェビナーを開催し、カメラや複数のセンサーを用いて熟練技術者のノウハウなどをAI(人工知能)で分析、蓄積するソリューションについて説明した。カメラやセンサーで取得した情報と、マニュアルなどの文書や録音した音声を専用の解析エンジンで分析し、統合的なナレッジベース(知識のデータベース)を構築する。
「Siri」を開発した研究機関
SRIインターナショナルは、米国スタンフォード大学で1946年に創設された独立研究機関である。米国政府機関の他、世界各国の企業からの研究開発依頼も受け付けている。年間収入は5億ドル(約530億円)で、独立系のR&D(研究開発)機関としては世界でも最大級の組織だという。商用ソリューション開発にも注力しており、代表的な実績としてはAppleが買収したiOS用の音声アシスタント「Siri」や、ヤマハ発動機のヒト型自律ロボット「MOTOBOT」などが挙げられる。
明示/非明示的知識を統合したナレッジベースを構築
SRIインターナショナルで「情報科学およびコンピューティングサイエンス」のプレジデントを務めるビル・マーク(Bill Mark)氏は、日本の製造業者が共通して抱える課題として、「国内労働人口が急速に減少しており、それに伴って熟練技術者らが身に付けてきた技術やノウハウなどの知識が社会から失われつつある。こうした知識をいかに後世に伝達して社会全体で共有していけるかが重要な課題となっている」と指摘した。
こうした課題を解決する上で留意しなければならないのが、技術者の知識にはマニュアルや文書化して他人に提示できるような「明示的知識」と、微妙な音の違いを聞き分けて機械の調子を判断するなど言語化しにくい“コツ”が必要な「暗黙知」の2種類があるという点だ。
明示的知識はマニュアルや文書、指導用ビデオ、熟練技術者からの直接的なトレーニングといった手法で後進の技術者(訓練生)が学べるが、長年の勘とコツに基づく暗黙知に関してはそうはいかない。また、明示的な知識を学ぶ場合でも、マニュアルやビデオは訓練生が知りたい情報をピンポイントで検索する媒体として向いていない。加えて、最新機器を導入した際などに情報のアップデートが容易ではないなどの問題点もあった。
これらを踏まえてSRIインターナショナルが提案するのが、明示的知識や暗黙的知識を複数のセンサーやAI、自然言語分析エンジンで収集、分析、整理して、後から情報検索しやすい、単一のナレッジベースを構築するというソリューションだ。
知識の収集経路は複数ある。その1つが、熟練技術者に装着した複数のセンサーやカメラから動作に関する情報を取得するというものだ。例えば、作業員の頭と胸付近にカメラ(GoProを活用)を、手首にはIMU(慣性計測装置)を取り付ける。これによって熟練技術者が普段見ている視界や指さし方向、姿勢などの動きを把握できる。また、マイクで機械音などの周辺的情報も併せて収録する。これらの情報をディープラーニング(深層学習)で分析し、あらかじめ自然言語解析エンジンで分析したマニュアルの内容と照合することで、「技術者は今どこを指さししているのか」「技術者の今の発話内容はどのような意味か」といった情報を自動的に分析してナレッジベースに登録する。
「例えば技術者が『今からこのボタンを押す』と、単に発話しただけでは『この』が何を指示しているのか分からない。しかし、カメラの映像と照合することで、指さした方向にパネルがあれば『フロントパネルの正転ボタンを押すことを宣言した』とAIが判断できるようになる」(マーク氏)
この他、金属部品などの表面処理や面取り作業に使うやすりに圧力センサーを取り付けておくことで、熟練技術者がやすり掛け時に金属に加えている力の大きさや変化を正確に取得できるようになるという。これをオペレーターの姿勢などの情報と組み合わせることで、「どのような姿勢の時に、どのような力を加えているのか」を把握できるようになる。
また、ナレッジベースに蓄積された知識を訓練生に伝達する際には、AR(拡張現実)を用いて物理的な対象物の上にバーチャル情報を重ね合わせる方式などを検討しているという。複雑な機械の各パーツの名称をARで個別に分かりやすく表示できるといった利点がある。また、実際の製造現場では訓練生の両手がふさがっている可能性もあるので、そうした場合にもタブレット端末や紙のマニュアルをめくる必要がないARは有用だという。加えて、マーク氏は「ソリューションには、ナレッジベースを音声検索するための会話エンジンも組み込む。これにより、訓練生は作業中に浮かんだ疑問を音声で検索し、手掛かりとなる知識を入手できるようになる」とも説明する。
今回開発した技術について、マーク氏は「ソリューションに活用した各技術は、技術承継だけでなく製造業の他領域でも活用できると考えている。モバイルロボット開発や、製品検査技術などに生かせるのではないか」と語った。
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